kt3k 日記

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rocket の語源

ふとしたきっかけで、米国国家を聞いていたら、

rockets' red glare ロケットの赤い光

というフレーズが出てくる事に何となく
ひっかかった。
この歌詞が作曲されたのは、1814年だそうで、
今普通の意味で rocket と聞いて思い浮かべるような
ものはまだないはず。この場合の rocket って
何なんだろう。というか rocket という単語はいつから
あるんだろう。

そこで、online etymology dictionary を引いてみると、

rocket (2)
"projectile," 1610s, from It. rocchetto "a rocket," lit. "a bobbin," dim. of rocca "a distaff," so called because of cylindrical shape. The Italian word probably is from a Germanic source (cf. O.H.G. rocko "distaff," O.N. rokkr), from P.Gmc. *rukka-, from PIE base *rug- "to spin." Originally "fireworks rocket," meaning "device propelled by a rocket engine" first recorded 1919; rocket-ship first attested 1927. The verb meaning "to spring like a rocket" is from 1883.

とある。円筒状と投射物という意味で、1610年代にイタリア語の rocchetto
から借入された言葉らしい。
rocchetto 自体の本来の意味は糸巻き(ボビンと言われるもの)で、
それは、rocca 糸巻き棒の小辞 diminutive であるらしい。
rocca 自体は、ゲルマン系の起源が推測できるらしい。
大きい目で見れば逆輸入と言えるかも?

ロケットエンジンによるロケットという使われ方をしたのは
1919年が最初で、人が入って移動できるロケットという使われ方
をしたのは 1927年が初めであるらしい。

wikipedia によると roccketto (roccketta) 自体は、
イタリア人の Muratori の手による発明で、1379年からあったらしい。

しかし、円筒状の投射物という点で言うと、
元帝国のヨーロッパ侵攻時には既に使われており、
ロケット自体、上の発明が起源とは言えないらしい。

元帝国も始めはロケットを使う側ではなく、中国人から使われて知ったようで、
本当のロケット(ロケット弾という意味での)の発明は、
12-13世紀までの中国のどこかと考えるべきであるらしいが、
本当の起源に付いてはかなり議論がある模様。

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[etymology] etymology of ergode

よく分からない単語 エルゴード の語源

ergode .n.

<-- ergon + hodos

ergon .nt. (Greek) work, 仕事
cf. ergonomics

hodos .m. (Greek) way, path, 道
cf. diode (LED の D), cathode (CRTモニタの C)

coinage of L. Boltzmann (1884)


造語の意図が明確でないようで、
ergon + eidos (のようなもの)
という説があるらしい(Gallavotti, 1994)が、
もしそういう意図の造語であれば、ergoide とするはずだ
という反論もある。(http://plato.stanford.edu/entries/statphys-Boltzmann/notes.html)

wikipedia - ハルマゲドン

johnofpatmos

wikipedia - ハルマゲドンの項の記述変更。
○問題点
・メギドの丘の写真の挙げ方がおかしいかもしれない
・ギュスターヴドレの挿絵の引用はおかしいかもしれない(あれは黙示録の場面なのか?)
・キリスト教における位置づけ の項の言ってることはおかしい、
 そもそも、「キリスト教」全体での一致した見解なんて無いと思う。
・現代文化との関連は必要だけど、記述が散漫。
○なんとなく思うこと
本当に本来の意味(地名)だけだったら、別に黙示録の項の最後の記述で十分な訳で、
第2の意味(破滅的最終戦争)とそこから(斜め上方向に)発展した作品とか解釈
とかをもっと積極的に取り上げないと、項目を立てる意味がないというような気もする。

○やったこと
メギドの山 vs メギドの丘
http://mamiyac330.blog.drecom.jp/archive/73
上をみて、ヘブライ語のハルにそもそも、hill と mountain の2つの訳語が
あるようなので、慣用通り、メギドの丘に統一しても問題ないだろうと判断して、メギドの丘に統一

ヴァサンタティラカ

perry_primer


Perry の教科書も終わりに近づいて、
練習問題で、いつもは Sloka があるところに
今回はいつもと違う韻律の詩があった。
これは何ですかと聞くと、先生はヴァサンタティラカだという。
ヴァサンタティラカとは何でしょうと聞くと、
次の韻律規則が黒板に書かれた。
G G L G L L L G L L G L G G (L = laghu = 短音節、G = guru = 長音節)
これの4つの繰り返しがヴァサンタティラカだという。
サンスクリットには何百もの韻律の種類がある
というのに、どうやってそれを記憶しているのか
と聞くと、次の文による定義を記憶しているのだという。

उक्ता वसन्ततिलका तभजा जगौ गः
uktA vasantatilakA tabhajA jagau gah.


訳:ヴァサンタティラカでは、TA BHA JA JA GA GA が言われる。

TA BHA JA JA GA GA は、意味のある言葉ではなくて、
各音節の長短の順列に付けられた記号の羅列だという。

TA = G G L
BHA = G L L
JA = L G L
GA = G

と定義されていて、
これを並べると


G G L / G L L / L G L / L G L /  G    G
TA BHA JA JA GA GA


となって、上のヴァサンタティラカの定義を復元することができる。
音節の長短の順列の名は次のフレーズで記憶するのだという。

यमाताराजभानसलगम्
yamAtArAjabhAnasalagam


これを見ながら、yaから3音節数えると、L G G(yamAtA)となる。
つまりこれが、L G G という音節の名称が ya であることを意味するらしい。
同様にして、以下のように音節の名前が定義されていることが分かる。

ya = L G G
ma = G G G
ta = G G L
ra = G L G
ja = L G L
bha = G L L
na = L L L
sa = L L G

la = L
ga = G

(la と ga は特別)

こういう記憶の仕方が、chandasutra (of pingala) という書物にまとめられていて、
今でもそこにある知識が利用されているらしい・・・

ちなみに、実際の vasantatilakA は以下

निन्दन्तु नीतिनिपुणा यदि वा स्तुवन्तु
लक्ष्मीः समाविशतु गच्छतु वा यथेष्टम।
अद्यैव वा मरणमस्तु युगान्तरे वा
न्याय्यात्पथः प्रविचलन्ति पदं न धीराः॥

nindantu nItinipuNA yadi vA stuvantu
lakSmIH samAvizatu gacchatu vA yatheSTam
adyaiva vA maraNam astu yugAntare vA
nyAyyAt pathaH pravicalanti padaM na dhIrAH


世の中を知ってる人に褒められたり、あるいは責められたりしても、
幸運の女神が、勝手に、近寄ってきたり、離れていったりしても、
死ぬのが今日だったり、ユガの終わりであったりしても、
意志の強い人間は正しい道から一歩も踏み外すことが無い。

追記:
同じことが書かれてた
ttp://nitaaiveda.com/All_Scriptures_By_Acharyas/Verses/Bhagavatakhila-Vritta-Nirnaya.htm

追記:
chandasutra of pingala (pingalaachandasutra)
を借りてきて調べてみたところ、
上の vasantatilakaa の定義

उक्ता वसन्ततिलका तभजा जगौ गः ・・・ (*)
uktA vasantatilakA tabhajA jagau gah.


そのものは載っておらず、
少し別の形で載っていた、

そのことをディワカラ先生に質問したところ、
(*) の形は、それより後になって派生した chandasutra の別ヴァージョン
に載っている形だそうで、それ自体が、vasantatilakaa の1パーダになっている
より便利な形だと教わった。(数えると確かに vasantatilakaa になっている・・・
こうなっていると、たとえば、上の韻文を一行歌った後に、
nindantu nItinipuNA yadi vA stuvantu
uktA vasantatilakA tabhajA jagau gah
と、くっつけて歌ってみることによって、韻律が確かにあっていることを
確認できるので便利なのだという。
上のような定義(the difinition of the metre in its own metre)が書かれている、
chandasutra の別バージョンは chando manjari という名の書物
なのだそうだけど、この本に関する情報がなかなか見つからなくて困る・・・

今日のシュローカ

サンスクリットの授業に出席。
毎回のことながらシュローカの解釈で苦戦。
でも、解説を聞くとちゃんとポイントがあって、
意味が通るところがすごいと思う。

santopi

सन्तोपि न हि राजन्ते दरिद्रस्येतरे गुणाः।
आदित्य इव भूतानां श्रीर्गुणानां प्रकाशिनी॥

transliteration

santo 'pi na hi raajante daridrasyetare guNaaH,
aaditya iva bhuutaanaaM zriir guNaanaaM prakaazinii.

カタカナ音写

サントーピ ナ ヒ ラージャンテー ダリッドラスィェータレー グナーハ
アーディテャ イワ ブーターナーム シュリール グナーナーム プラカーシニー

translation

Of a poor, other qualities [except poverty] do not shine even though they exist.
Like the sun for all being, the wealth is the illuminator of the qualities.

翻訳

もし存在したとしても、貧乏人の(貧乏であるという以外の)その他の属性(クオリティ)は全然光らない。
すべての生き物にとっての太陽のように、富は人の属性(クオリティ)にとって、それを輝かせるものだから。


○今日の問答

D - tapas = 苦行とは何か分かりますか?
K - 自分を殴ったりすることですか?
D - それも苦行の一種ですが、その他に、勉強をしたり、詩を覚えることもすべて苦行(tapas)です。
K - 自分は勉強は、苦行(苦しいこと)ではなく、楽しいこと(pleasure)だと思うのですが?
D - それは、勉強(=苦行)の結果として、新しいことが分かって楽しいのであって、
勉強それ自体は苦しいことです。というのも勉強するということは、より世界の真実を知る、
つまり、今の自分(の信じていること)を否定して、(自分自身とは異なる)真実を知ることだから。

(ちょっと正確に伝えきれてないかもしれないけど、・・・)

サンスクリット久々

久々にサンスクリットの授業に出席。
夏休みのお土産に買ってきてくれると言っていた、
ネパールの Astadhyayi(ほとんど原文のみ)を本当に貰った。ちょっと感動。

astadhyayi

(多少保存が心配な感じの製本クオリティなので、外では読まない方がよさそう・・・)

授業の後に、引き続き友達の引っ越しを手伝った。

moved_room

(片付けの終わった部屋)

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