kt3k 日記

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親知らず抜歯など

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親知らずを抜いてもらいに歯医者に行った。
予約したのは2か月ぐらい前だったので(混み過ぎ)
時間とか忘れていたので、朝確認してみると、午後2時半だという。
なるほど、それなら2時20分ぐらいに行けばいいかなと思った
のだけど、いつもの習性で2時35分くらいに着いた。
受付にカードと保険証を渡して、10分ぐらい待つと、中に
通されて、診察台に寝た。5分くらいしたら先生が来て、
今日抜く歯の確認とかした。他の患者に何か説明したりとかいろんなことが
同時進行しているんだけど、一人一人に対する説明がすごくはっきりしていて
なおかつすごいスピーディでなんかすごいなと思った。
で少ししたら、麻酔されて、さらに少ししたら、親知らずを抜いてもらった。
麻酔がちゃんと効いているので、痛みとかは全くないけど、
感覚的には歯が抜けて行っているのが分かるし、歯が肉からメリメリ
はがれていく不気味な音とかが聞こえるので、気持ちのいいものではないなと・・・
で、術後どう過ごすべきかの説明とか、薬の説明とかを受けて、
お金を払って、次回(抜糸のために必要)の予約とかして医院を出た。
来院した時点ではどの歯を抜くのかも明確に決まってない状態からスタートして、
全部ひっくるめて1時間もかからないで終わるっていうのはすごいなと思った。
しかも患者に対する対応も、適当というよりは、むしろだいぶ丁寧だし、・・・

参考:横田歯科口腔外科医院

grad_form

その後、大学に行って、卒業に関する書類を出した。
あとは、3月25日に証明書をもらう。
事務室の窓に、ノーベル賞のメダルの本物?らしきものが、紙テープで貼ってあって少し驚いた。

verbroot

その後、中野さんが自分のために買っておいてくれた、通称ルートバーブと呼ばれる、
サンスクリットの教科書が、アーチャーリャ先生の部屋に置いてあるということを
1週間前から聞いていたので、それを受け取りに行った。
部屋にはアーチャーリャ先生は居なかったのだけど、クノーブル先生が居られて、
事情を知っていてくれたようで、無事にルートバーブを受け取る事が出来た。

veda_handout

(ヴェーダ語のプリントを貰った)

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ヴァサンタティラカ

perry_primer


Perry の教科書も終わりに近づいて、
練習問題で、いつもは Sloka があるところに
今回はいつもと違う韻律の詩があった。
これは何ですかと聞くと、先生はヴァサンタティラカだという。
ヴァサンタティラカとは何でしょうと聞くと、
次の韻律規則が黒板に書かれた。
G G L G L L L G L L G L G G (L = laghu = 短音節、G = guru = 長音節)
これの4つの繰り返しがヴァサンタティラカだという。
サンスクリットには何百もの韻律の種類がある
というのに、どうやってそれを記憶しているのか
と聞くと、次の文による定義を記憶しているのだという。

उक्ता वसन्ततिलका तभजा जगौ गः
uktA vasantatilakA tabhajA jagau gah.


訳:ヴァサンタティラカでは、TA BHA JA JA GA GA が言われる。

TA BHA JA JA GA GA は、意味のある言葉ではなくて、
各音節の長短の順列に付けられた記号の羅列だという。

TA = G G L
BHA = G L L
JA = L G L
GA = G

と定義されていて、
これを並べると


G G L / G L L / L G L / L G L /  G    G
TA BHA JA JA GA GA


となって、上のヴァサンタティラカの定義を復元することができる。
音節の長短の順列の名は次のフレーズで記憶するのだという。

यमाताराजभानसलगम्
yamAtArAjabhAnasalagam


これを見ながら、yaから3音節数えると、L G G(yamAtA)となる。
つまりこれが、L G G という音節の名称が ya であることを意味するらしい。
同様にして、以下のように音節の名前が定義されていることが分かる。

ya = L G G
ma = G G G
ta = G G L
ra = G L G
ja = L G L
bha = G L L
na = L L L
sa = L L G

la = L
ga = G

(la と ga は特別)

こういう記憶の仕方が、chandasutra (of pingala) という書物にまとめられていて、
今でもそこにある知識が利用されているらしい・・・

ちなみに、実際の vasantatilakA は以下

निन्दन्तु नीतिनिपुणा यदि वा स्तुवन्तु
लक्ष्मीः समाविशतु गच्छतु वा यथेष्टम।
अद्यैव वा मरणमस्तु युगान्तरे वा
न्याय्यात्पथः प्रविचलन्ति पदं न धीराः॥

nindantu nItinipuNA yadi vA stuvantu
lakSmIH samAvizatu gacchatu vA yatheSTam
adyaiva vA maraNam astu yugAntare vA
nyAyyAt pathaH pravicalanti padaM na dhIrAH


世の中を知ってる人に褒められたり、あるいは責められたりしても、
幸運の女神が、勝手に、近寄ってきたり、離れていったりしても、
死ぬのが今日だったり、ユガの終わりであったりしても、
意志の強い人間は正しい道から一歩も踏み外すことが無い。

追記:
同じことが書かれてた
ttp://nitaaiveda.com/All_Scriptures_By_Acharyas/Verses/Bhagavatakhila-Vritta-Nirnaya.htm

追記:
chandasutra of pingala (pingalaachandasutra)
を借りてきて調べてみたところ、
上の vasantatilakaa の定義

उक्ता वसन्ततिलका तभजा जगौ गः ・・・ (*)
uktA vasantatilakA tabhajA jagau gah.


そのものは載っておらず、
少し別の形で載っていた、

そのことをディワカラ先生に質問したところ、
(*) の形は、それより後になって派生した chandasutra の別ヴァージョン
に載っている形だそうで、それ自体が、vasantatilakaa の1パーダになっている
より便利な形だと教わった。(数えると確かに vasantatilakaa になっている・・・
こうなっていると、たとえば、上の韻文を一行歌った後に、
nindantu nItinipuNA yadi vA stuvantu
uktA vasantatilakA tabhajA jagau gah
と、くっつけて歌ってみることによって、韻律が確かにあっていることを
確認できるので便利なのだという。
上のような定義(the difinition of the metre in its own metre)が書かれている、
chandasutra の別バージョンは chando manjari という名の書物
なのだそうだけど、この本に関する情報がなかなか見つからなくて困る・・・

今日のシュローカ

サンスクリットの授業に出席。
毎回のことながらシュローカの解釈で苦戦。
でも、解説を聞くとちゃんとポイントがあって、
意味が通るところがすごいと思う。

santopi

सन्तोपि न हि राजन्ते दरिद्रस्येतरे गुणाः।
आदित्य इव भूतानां श्रीर्गुणानां प्रकाशिनी॥

transliteration

santo 'pi na hi raajante daridrasyetare guNaaH,
aaditya iva bhuutaanaaM zriir guNaanaaM prakaazinii.

カタカナ音写

サントーピ ナ ヒ ラージャンテー ダリッドラスィェータレー グナーハ
アーディテャ イワ ブーターナーム シュリール グナーナーム プラカーシニー

translation

Of a poor, other qualities [except poverty] do not shine even though they exist.
Like the sun for all being, the wealth is the illuminator of the qualities.

翻訳

もし存在したとしても、貧乏人の(貧乏であるという以外の)その他の属性(クオリティ)は全然光らない。
すべての生き物にとっての太陽のように、富は人の属性(クオリティ)にとって、それを輝かせるものだから。


○今日の問答

D - tapas = 苦行とは何か分かりますか?
K - 自分を殴ったりすることですか?
D - それも苦行の一種ですが、その他に、勉強をしたり、詩を覚えることもすべて苦行(tapas)です。
K - 自分は勉強は、苦行(苦しいこと)ではなく、楽しいこと(pleasure)だと思うのですが?
D - それは、勉強(=苦行)の結果として、新しいことが分かって楽しいのであって、
勉強それ自体は苦しいことです。というのも勉強するということは、より世界の真実を知る、
つまり、今の自分(の信じていること)を否定して、(自分自身とは異なる)真実を知ることだから。

(ちょっと正確に伝えきれてないかもしれないけど、・・・)

サンスクリット久々

久々にサンスクリットの授業に出席。
夏休みのお土産に買ってきてくれると言っていた、
ネパールの Astadhyayi(ほとんど原文のみ)を本当に貰った。ちょっと感動。

astadhyayi

(多少保存が心配な感じの製本クオリティなので、外では読まない方がよさそう・・・)

授業の後に、引き続き友達の引っ越しを手伝った。

moved_room

(片付けの終わった部屋)

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